

小学校6年生の時に両親が離婚、兄妹4人は母親とともに兵庫県姫路市から東大阪市へ。和裁の腕を頼りに女手一つで子供たちを育て、貧しいながらも愚痴一つ言わず、他人が困っていると放っておけない母親の姿を見て「粘り強い根性と誠実・親切さ」という人生の財産を教わる。その苦労をする母を助けようと始めた新聞配達は、中学校を卒業するまで続いた。中学卒業後は地元の会社に働きながら定時制の高校へ。自身の目標としていたエンジニアを目指すため1年後に周囲の勧めもあって、工業高校電子工業科に入学。学費と生活費は母に頼らず、育英資金と夜間のアルバイトで稼いだという無類の頑張り屋。
| 生年月日 | 昭和28年7月17日 |
|---|---|
| 家族 | 妻・義母の3人家族 |
| 趣味 | 情景写真撮影 |
| 愛読書 | 永遠の都 ・三国志 |
| 座右の銘 | 率先垂範 |
| これから挑戦したいこと | 少子高齢化は今後ますます重要な課題。子どもを安心して産み育てる環境を創ること、社会情勢の急激な変化の中で社会に進出し活躍するお母さんたちや子育てをされているご家族に対する支援は多様化している。保育の多様な対応・効率化は幼保一元化など取り組みや保育枠の拡充やファミリーサポートセンター等の充実を図ることが大切。また、高齢化対策では、介護保険制度の更なる充実とともにバリアフリーの安心・安全な環境整備を推進すること。自助・共助・公助による行政と地域との連携による仕組みの構築。市民相談・地域サポート運動を通して市民生活向上のため安心・安全で快適なまちづくりを積極的に推進。 |
| E-mailアドレス |
,ネットワークカメラへ(仮) http://komeito.aa0.netvolante.jp:8080/live/index.html |
| 昭和28年7月17日 | 兵庫県姫路市生まれ |
|---|---|
| 昭和41年3月 | 東大阪市立縄手小学校卒業 |
| 昭和44年3月 | 東大阪市立縄手中学校卒業 |
| 昭和45年3月 | タツタ電線株式会社退職 |
| 昭和48年3月 | 大阪府立成城工業高校卒業 |
| 平成10年7月 | 株式会社ニコン(旧日本光学工業株式会社)退職 |
| 平成9年12月 | 補欠選挙初当選 |
| 歴 任 | 民生福祉常任委員 建設水道常任委員長 環境経済常任委員 文教常任委員長 総務常任委員長 都市整備特別副委員長 決算審査特別委員長 若江岩田駅前再開発事業調査特別委員長 議会運営委員 議員団幹事長 副議長 |
| 現 在 | 建設水道常任委員 国民健康保険運営協議会委員 議員団会計 |
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